個人のストーリー
辛い過去から全く新しい世界へ
私がまだ7歳の頃、父から性的虐待を受けました。それにより、父から結核をうつされました。私は結核療養所で1年間治療を受けることを要され、そのため学校へ通うことができませんでした。その頃から、お前は馬鹿だと言われるようになりました。21歳で妊娠中絶し、人から言われてアメリカへ渡りました。
C O P D(慢性閉塞性肺疾患)からの解放
私は17歳の時に救われて、教会に通い始め、週に3回のミーティングに参加し、神のみことばを学んでいました。毎日が楽しかったし、主のことも愛していました。私にとって、神の臨在はとてもリアルだったのです。それから色々な事が起きました。特に友だちの結婚式で酔っ払ってしまった後、私は神から遠ざかるようになりました。自分がしたことはタブーだとわかっていたので、それを教会の誰にも話したくなかったし、それについて神に直面するのも嫌だったのです。だから、私は飲酒を始めました。
仕事の間に神の守りを体験した
2年ほど前、私は公共輸送の仕事を始めました。毎晩、街中の様々な地下鉄を回って勤務していました。私には若手社員としてそれらの駅を深夜2時まで管理し、閉鎖する任務がありました。
フランス革命記念日にニースで起きたテロで娘が守られた
プリンス牧師、2016年7月に私の娘は教会の姉妹たち二人と共に、ヨーロッパからギリシャを巡る旅行を計画していました。世界的な不安と暴動が収まらない中、彼女たちが旅へ出ることを家族や友人たちは心配していましたが、夫と私は主の平安を感じ、彼女の計画を反対せずにいました。
ココアの中のガラスの破片を飲み込むことから守られた
ある朝、仕事の準備をしながら家事を済ませる間に、私は夫にプリンス牧師のYouTubeのメッセージを流してほしいと頼みました。職場へ向かう前に聖書を読み、祈る時間が持てなかったのです。
聖餐式をとってから腹部の痛みが消え去った
聖餐式を通して癒しを体験した人々から寄せられた感謝のレポートを、私は読んでいました。ですから、下腹部に痛みを感じた時、私はビスケットとジュースを用意して、プリンス牧師が聖餐式セットを祝福する動画をYouTubeで視聴しました。
ガス漏れ事故で一家6人が守られた
ある日の深夜2時、眠りから起こされた私は祈ることにしました。そして、冷蔵庫の冷えた水を飲もうと思い立ちました。睡眠中にトイレに行きたくなるのが嫌なので、普段は水を飲みに行くことなどありませんでした。
誤った信念から自由にされ、夜驚症から解放された
私は、聖書が示す許し難い罪を自分は犯していると思い込んでいました。その結果、神も聖霊も私から遠く離れた存在であると考え、深刻な鬱と不安に陥りました。精神面や感情面で抑圧され、日常的な生活を営むこともできませんでした。
深刻な火傷からの守り
ある朝、いつものように祈っている間、私は詩篇91篇1節を自分に向けて宣言する必要性を強く感じました。それから私は家族のために昼食を作ろうと、大きな片手鍋に入った水を加熱していました。片手鍋の中の水は、なみなみと注がれていました。そこに立って水が沸騰するのを見ながら、私は神の恵みに感謝していました。10分後、水を注ぎ出そうと片手鍋をコンロから移動させようとした時、熱湯が私の両手にかかりました。
恵みのメッセージを聞き、自殺未遂から守られた
当時の私は、「神は自分に背を向けて去って行ったのだ」と信じるほど大きな絶望と鬱の中にいました。ある夜、私は神に向かって叫び求め、しるしを与えてほしいと願いました。その時、私はまさに自殺を犯す直前の状態にまで追い詰められていたのです。もし神が私のことをこれ以上気にかけてくれないのなら、生きている意味などないと考えたのです。