個人のストーリー
誤った信念から自由にされ、夜驚症から解放された
私は、聖書が示す許し難い罪を自分は犯していると思い込んでいました。その結果、神も聖霊も私から遠く離れた存在であると考え、深刻な鬱と不安に陥りました。精神面や感情面で抑圧され、日常的な生活を営むこともできませんでした。
余裕を持ち、安息の中で試験に挑めた
プリンス牧師。試験に関するあらゆる分野において、神の御手が置かれるのを私は体験しました。それは本当に素晴らしい体験でした!
深刻な火傷からの守り
ある朝、いつものように祈っている間、私は詩篇91篇1節を自分に向けて宣言する必要性を強く感じました。それから私は家族のために昼食を作ろうと、大きな片手鍋に入った水を加熱していました。片手鍋の中の水は、なみなみと注がれていました。そこに立って水が沸騰するのを見ながら、私は神の恵みに感謝していました。10分後、水を注ぎ出そうと片手鍋をコンロから移動させようとした時、熱湯が私の両手にかかりました。
恵みのメッセージを聞き、自殺未遂から守られた
当時の私は、「神は自分に背を向けて去って行ったのだ」と信じるほど大きな絶望と鬱の中にいました。ある夜、私は神に向かって叫び求め、しるしを与えてほしいと願いました。その時、私はまさに自殺を犯す直前の状態にまで追い詰められていたのです。もし神が私のことをこれ以上気にかけてくれないのなら、生きている意味などないと考えたのです。
子どもとの関係が修復され、結婚生活が「新しくて心地よいレベル」へ
私の結婚と家庭生活は悪化の一途を辿っていました。結婚三年目の時、夫と私は二人の十代の子どもと二人の思春期前の子どもがいる二つの家庭の調和を図りながら、同時にまだお互いを知り合っている段階でした。
借金を完済し、職場で備えと好意を体験している
これまでかなりの期間に渡り、私はクレジットカード債務を抱えて貯金がない状態でした。家や車など、何かしら修理が必要なものが常にあり、なかなか完済へ前進することができなかったのです。
父が雄牛の攻撃から救われた
「詩篇91篇の祈りを優先する」という題のEメールを受け取った後、私は詩篇91篇の祈りの活動に加わりました。30日間に渡って家族、国、自分のために詩篇91篇を祈ったのです。
鬱から自由になった
私は13歳の時にキリストを受け入れ、1年ほど定期的に教会へ通っていましたが、教会のリーダーたちから人々を新たに教会へ誘い、彼らを信仰へ導かなければならないというプレッシャーを毎週のようにかけられ、だんだんとそれに耐えられなくなりました。それにより、私は常に「自分には能力が足りないのだ」と感じるようになったのです。
パニック発作は消え去り、向精神薬への依存から自由になった
12〜13歳の頃から、私はひどいパニック発作と不安発作に悩んでいました。14歳の時、私は麻酔作用のある依存性の強い向精神薬を処方されました。
鬱と自傷行為から解放され、今では恵みについて伝道するように
プリンス牧師、あなたが私の人生にもたらしてくださった祝福ある真理に感謝します。2年前に息子が誕生してから、私は困難を覚えるようになりました。