個人のストーリー
誤った場所で愛を求めることをやめ、砕かれた心が解放された
高校時代、私は神との非常に親しい個人的な関係を楽しんでいました。私に対する神の素晴らしさを実感することができたのです。しかし大学への進学後、神や教会についてこれまで知っていたことの全てがただの偽りのように感じ始めました。そして22歳になる頃、私はさらに神から遠ざかってしまったのです。
高速道路での事故から守られた
ある朝、息子は四車線の高速道路の追い越し車線を運転していました。後続車の運転手は、息子よりも前に出ようとしてヘッドライトをしつこく点滅させていました。
メッセージの視聴を通して結婚生活が回復した
夫と私は、子どもを授かりたいかどうかについて決めかねていました。一人っ子として育った私は、子どもを授かることにそこまで興味を持てなかったのです。しかし、30歳を境に変化が現れ、数ヶ月にわたる話し合いの末、夫と私はその決断を神の御手に委ねることにしました。
適切な信念を持つことを通して健康と必要以上の備えを得た
夫と私は、神に喜んでいただくためには努力が必要だと学生時代から教えられてきました。しかし、私たちは結婚後、神を喜ばせるためのこれまでの努力が何の実も結んでいないことに幻滅していました。私たちは病を抱え、貧しい状態で、完全に失望していたのです。
プリンス牧師の祈りが放映された時に息子のアイゼイアが癒された
私たちには、6歳、5歳、3歳、1歳になる4人の子どもがいます。全員が健康でいられるよう、主の恵みにより最善を尽くしています。そのため、子どもたちが病気になった回数は指で数えられる程です。
Destined To Reignを読んで感情的な傷から自由にされた
自分の心が何百万にも砕け散った状態の時、私はあなたの著書 Destined to Reign(統べ治める運命)を受け取りました。私の父は糖尿病、心不全、肝機能障害など、複数の病気を患って健康状態が悪化していたため、私は介護のために実家へ戻っていました。私は虐待のある家庭で育ったので、家族との関係には多くの痛みと緊迫感がありました。
鬱と恥から解放され、現在は結婚して祝福されている
私はクリスチャンとして育てられ、1985年にキリストを受け入れました。私が通ったほとんどのキリスト教会では、いつも律法と恵みが混じり合った教理が教えられ、私自身は信仰の生ぬるいクリスチャンでした。父親は女たらしで、結果的に母親が苦しむ様子を見ながら成長しました。その経験と父の愛の欠如が原因で、私は誤った信念を持ち、正しい愛され方を理解しないまま、ある男性に心を許しました。
番組放送の視聴後、身勝手だった娘がキリストを受け入れた
私は、娘が幼い頃からキリストについて教えていたので、娘の中にはキリストの土台がありました。しかし、成長と共に世俗的な影響を受け始めた彼女は、次第に身勝手に振る舞うようになっていきました。自分にとっては「大したことでない」と言って、処女も失ってしまったのです。
キリストにあって人生の意味を見つけた
私はオーストラリアのパースで教会に通っていましたが、その教会に属しているという感覚を真に抱いたことはありませんでした。成長過程において、過去にいじめられた体験や、全寮制の学校へ通っていて両親が側にいなかったこと、また、学業面で寄せられる両親からの高い期待のゆえに、私の人生にはいつも空虚感がありました。
15年続いた性的依存から解放され、結婚生活が回復された
子どもの頃、私は両親から遠く離れた場所で生活をしていて、愛されることを望んでいました。10年生(日本の高校1年生)の頃、見知らぬ男たちから性的いたずらを受け、私は性的な罪に陥っていきました。情欲に駆られ、自慰行為をし、人々に性的いたずらをするようになりました。そんな自分の行為を私は嫌悪し、やめたいと望みましたがそうすることはできませんでした。同時に、私にとって罪はとても魅力的だったのです。
辛い過去から自由になり解放を体験した
私は精神的に不安定で非常に律法的な父親から、冷酷かつ虐待的に育てられました。幼少期は父親を恐れ、必死に愛を求めてもがきながら過ごしました。十代になると、私の自尊心は信じられないほど低くなっていました。私は自分を恐ろしいほど醜く、愚かで、周囲への重荷でしかないと考えていました。
罪深い関係を解消し、酷い痛みと凝りから解放された
7年前、初めてジョセフ・プリンス氏のメッセージを視聴し始めた頃、私はある男性と12年間同棲していました。また、私はこれまでに2度の離婚を経験し、一人で二人の子どもを育てていました。