個人のストーリー
キリストにあって人生の意味を見つけた
私はオーストラリアのパースで教会に通っていましたが、その教会に属しているという感覚を真に抱いたことはありませんでした。成長過程において、過去にいじめられた体験や、全寮制の学校へ通っていて両親が側にいなかったこと、また、学業面で寄せられる両親からの高い期待のゆえに、私の人生にはいつも空虚感がありました。
淫らな思いからの解放
9年前、私はポルノを観ることも、性的な本を読むことも、自慰行為さえやめました。しかしながら去年の冬、私は淫らな思いや、時には淫らな言葉と闘い、それはまるで死の陰の谷を歩いているかのようでした。
結婚が修復され、夫が喫煙、ギャンブル、飲酒を絶つことができた
私は若くして結婚・出産を経験しました。年齢を重ねるにつれ、私は秩序ある生活を保とうと努力しました。教会へ通い、夫に忠実であり続け、頑張って働きました。それでも、私の人生はめちゃくちゃな状態でした。なぜなら神との関係において、自分には一貫性がないと思い込んでいたからです。
恵みの福音により人生が完全に変えられた
5歳の頃、私は父に勘当されました。それが原因で、私は心に空虚感を抱えて成長しました。父が私の存在を望まず、私を愛してくれなかったのは、自分がきっと何かをしたせいなのだと思い込んでいました。
もはや罪と鬱の中を生きることはなく、学位修了のために復学できた
プリンス牧師、私はクリスチャン家庭で育った23歳の大学生です。教会へ通い、クリスチャンの高校を卒業しました。しかしながら、自分で決断した人生の選択のゆえに、私は学業、キャリア、人間関係、霊的成長においてひどい遅れを取ってしまったのです。
サッカースクールに入る夢が全額スポンサー付きで実現した
周りの人がこの夢を邪魔したり、自分に疑いを植え付けようとしたことで、私は鬱に陥りました。神を呪ったり、自殺未遂を五回も繰り返したりするほどでした。私は常に情緒不安定になり、姉妹も母をひどく恋しがっていたので、私たちはシンガポールへ戻りました。まさにこれがイエスとの劇的な出会いを引き起こし、鬱からの解放やぜんそくの癒しの始まりとなることを、当時の私は予期していませんでした。
恵みを受け入れた後、牧師が教会の中で束縛が砕かれるのを見た
私はナイジェリアの教会で牧師をしています。救われた時から、私は常に律法的な教えに対する潜在的な反抗心を抱いてきました。ひどい失敗を犯した時でさえ、神の愛と憐れみを体験した経験から、神はある人たちが言うような厳格で容赦ない独裁者とは違うんだという感情が霊の中に残り続けていたのです。
うつと不安発作からの解放
私は長年に渡りクリスチャンで、10年以上主に仕えています。2013年に、将来への恐れを突然抱くようになり、気付くとうつ状態になっていました。また、有害な人間関係から、不安発作を起こすようになりました。
貧困を脱し、神の愛で満たされる
約2年前、私は失業し、行くあてを失いました。持っていたお金や贅沢もすべて失い、家族からも拒絶されました。私と息子は、近くの町で唯一働く家政婦がいる家庭が住む村で暮らすことになったのです。その人の月収はわずか70ドルで、7人の家族を養っていました。私たちの生活環境は、以前慣れ親しんでいた暮らしとは大きくかけ離れたものになりました。
自由にされた人生:依存症、うつ、不安からの解放
約18ヶ月前、私は交通事故で恋人を亡くしました。その知らせを聞いた瞬間、頭が真っ白になり、呼吸もできず、身体を動かすことすらできませんでした。家に帰るとすぐベッドに倒れ込み、聖書を開きましたが、読みながら聖書を投げつけて叫びました。「どうして神は彼を死なせたの?」
孫を迎えて再びつながった家族
私たちは10年前にジョセフ・プリンス牧師のメッセージを聞き始めました。その頃、長女は妊娠24週で赤ちゃんを出産しましたが、わずか3日後に亡くなってしまいました。家族にとって、これは最も耐えがたい出来事でした。
結婚生活が劇的に改善された
私は、子どもの頃から「罪を犯すと報いを受ける」と教えられる家庭で育ちました。家庭には平安がなく、両親はほぼ毎週のように口論をしていました。争いは激化することも多く、両親からの暴力の脅しもありました。子どもだった私は、心に大きなトラウマを抱えて育ちました。