思考における戦いに打ち勝つ(パート3/3)
思考における戦いに打ち勝つ(パート3/3)
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キリストにある真の自分のアイデンティティを知る
愛する皆さん。自分のアイデンティティに対する意識や、自分を誰であると考えるかはとても重要なことです。今日、多くの十代の若者たちは自分が誰であるのか探求しながら闘っています。彼らは愛、自己価値、アイデンティティなどといった「自分は何かに属している」という意識を、間違った場所で探し求めているのです。家庭や教会にその意識を見出せないと、ギャングやカルト集団のような、彼らを受け入れて「見栄えの良い」アイデンティティを与える集団へと引き寄せられていくのです。 もしあなたが親であるなら、お子さんのアイデンティティが築かれていく中で、能動的な役割を担うことをお勧めします。彼らのアイデンティティを形成する役割を、メディアや学校、子どもの仲間たちに委ねないでください。お子さんは自分のアイデンティティについて、他の誰からでもなく、父親や母親から聞くことを望んでいるはずです。彼らにとって、親であるあなたがたの言葉はとてもかけがえのないものなのです!キリストにあって自分が誰であるか、つまり、自分は神の義であり、豊かに祝福され、強い好意を示され、神から深く愛されているのだということを知るのはとても重要なことです。
それらの考えを置き換えるーイエスに思いを巡らす
神は私たちがキリストの服従について考え、思いを馳せることを望んでいます。お気づきのように、どんなアルコールも、騒々しいな音楽も、薬物も、自分自身の「知性の力」も、これらの否定的な考えを遮断することはできません。そのような考えは、キリストの服従と恵みに思いを巡らすことと置き換える必要があります。
…すべての真実なこと、すべての誉あること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。
ーピリピ4:8
プリンス牧師、すでに私の思考はボロボロに疲れ果て、まともに考えることすらできません。ましてや、これらすべてのことに思いを巡らすだなんて無理です! 友である皆さん、あなたのジレンマはよくわかります。しかし、あなたがすべきことは、ただくつろぎ、リラックスして、イエスのことや彼があなたのために成し遂げられた御業の真理が詰まったメッセージを聞くことだけで良いのです。メッセージCDをリピート再生したり、忙しい時にはMP3プレイヤーで音源を聴けば良いのです。メッセージの内容を完全に理解できなくても大丈夫です。告発人の声にではなく、恵みの声に耳を傾けているだけで良いのです。イエスの美しさと、天の父への服従の故に、あなたのために成し遂げられた御業に目を向け、あなたの内側で深く働かれる聖霊に委ねれば良いのです。重要なのはあなたの服従、つまりあなたの成すべきことではなく、キリストの服従、つまり主があなたのためにすでに成し遂げてくださったことなのです。このメッセージに耳を傾け続けるうちに、あなたはキリストの完了した御業の中に休息を見出すでしょう!勝利を得るために耳を傾け続ける
コニーという女性から貴重な証を受け取りました。ボーイフレンドに捨てられた彼女は、とても落ち込んでいました。拒絶と痛みに打ちのめされ、彼女はクリスチャン関連のテレビ放送に神を探し求めるようになり、結果的に私の放送にたどり着いたそうです。 神の恵みとキリストの完了した御業に関する私のメッセージを聞いた時、彼女は自分の抱える混乱を神に委ね、豊かな神の恵みの備えを受け取ることができました。それから三日間、彼女は放送を視聴し続け、イエスご自身や彼女に注がれる主の愛についてひたすら聴き続けました。その時のことを彼女はこう語ります。 三日経つと、痛みは驚くほどに消滅していました。悲しみを感じることもなくなり、あんなことが起こったにもかかわらず、私は神から愛されていると実感し、心には平安と満たしがありました。その日から、私は自分を愛してくださる神を褒め称え、神の恵みと祝福を受け取り続けています。 ひたすら聴き続けることで、神はコニーの知性と心に超自然的な御業を成し遂げてくださいました。空っぽの心を神の平安と愛が満たすにつれ、彼女の魂は花開き始めたのです。イエスの休息を受け取り、あなたへの恵みのことばを語っていただきましょう。
この記事はジョセフ・プリンス牧師によって英語で書かれました。
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